2月21日の講日に、本山講師として和泉支院の上田常信上人、また、四日市支院の祖父江瑞法上人にもご出仕いただき関哉妙綾法尼の第三回忌法要が厳修されました。
外は肌が凍てつく寒波の中でしたが、宝前には一足早い春を思わせる美しい供花が添えられており、その中央には関哉法尼のご遺影とご遺骨、ご位牌が飾られていました。厳粛な空気が流れる法要の中、三宝礼、対揚と在りし日の法尼のご遺徳を偲ぶ声明が挙げられ、また本堂には焼香の列が続きました。
法要後、岩田上人はご法話の中で高槻支院の支院誌「高槻の清流」に掲載された関哉法尼のご法話のテーマ「知恩報恩」に触れられ、「関哉先生のご教化を受けられた方々は、今度はご自分が周りの人にその教えを伝えることが報恩となりますので、どうぞよろしくお願いします」と話されました。
続いて祖父江上人はご自分の幼少の頃からご結婚に至るまでの関哉法尼との思い出話を語られました。「御開山上人は関哉法尼のことを綾子ではなく、愛子さんと呼ばれたそうですが、キリスト教では「愛」は絶対の無条件の「愛」と言いますが、仏教ではそれを大慈悲の心と言います。御開山上人が関哉法尼を愛子さんと呼ばれたのは、その生涯がまさに大慈悲の心で満たされていたことの象徴だったのかもしれません。私たちもそういう役目がありますので、少しでもそういう優しい気持ちを周りの人たちに向けてあげて下さい」と話されました。
最後に上田上人も関哉法尼の思い出話をされ、法尼が和泉支院の講日に来られると、いつもアイドルのように信者の皆さんに愛されていたと話されました。また今月の指針について触れられ、「大きな災難・病難を受けても、人を恨んだり、怒りを持ったりしてはいけません。災難という扉がやってきたら蓋をするのではなく、その扉を開けることによって今まで見えなかったことが見えるようになります。私たちは助け合いながら生きているということを忘れず、徳を積むことに変えて行こうと思うことが大切です」と話されました。
この日は様々な方面からも関哉法尼に縁のある信者さんがたくさん駆けつけて来られました。関哉先生の厳しくも愛ある薫陶を受けた方々は、「知恩報恩」を胸に抱いて家路につかれたことと思います。
